「鬼門には柊(ひいらぎ)、裏鬼門には南天(なんてん)を植えるとよい」──家を建てたことのある方なら、一度は耳にしたことがあるかもしれません。 迷信だと笑う方もいれば、気になって仕方がないという方もいます。私たちは長く佐久で家づくりに携わるなかで、先輩の職人やお施主様からこうした言い伝えをたくさん教わってきました。そして気づいたのは、縁起担ぎの多くに、暮らしの知恵が隠れているということです。この記事では、鬼門と裏鬼門、柊と南天の話を、「信じるかどうか」ではなく「知って選ぶ」ための材料としてご紹介します。
この記事でわかること
- 鬼門・裏鬼門とは何か、なぜ嫌われてきたのか
- 柊と南天が選ばれた理由と、そこに隠れた実用的な意味
- 現代の家づくりで、この知恵をどう活かすか(活かさなくてもよいか)
鬼門・裏鬼門とは?

鬼門は北東(丑寅の方角)、裏鬼門はその正反対の南西(未申の方角)を指します。古くから、鬼門は鬼が出入りする方角として、玄関・台所・トイレ・お風呂などを置くのを避けるべきとされてきました。平安京の北東に比叡山延暦寺が置かれたのも、都の鬼門を守るためだと言われています。
「鬼が出入りする」と聞くと現代の私たちには荒唐無稽に思えますが、少し見方を変えてみましょう。北東は、一日を通して日が当たりにくく、冬は北風が吹き込む方角です。南西は、夏の午後に強い西日が差し込む方角です。冷蔵庫も換気扇もなかった時代、北東の台所は湿気てカビが生えやすく、南西の台所は食べ物が傷みやすかった。つまり「その方角に水回りを置くと、家族が病気になりやすい」という経験則が、「鬼」という言葉で語り継がれてきたのだと考えると、つじつまが合います。
柊と南天、それぞれの理由

では、なぜその方角に植えるのが柊と南天だったのでしょうか。
柊(ひいらぎ)──トゲが守る
柊の葉には鋭いトゲがあります。節分に「柊鰯(ひいらぎいわし)」を玄関に飾る風習があるように、トゲが鬼の目を刺して追い払う、とされてきました。
実用面で見ると、柊は常緑で冬でも葉を落とさず、トゲのある葉が密に茂ります。北東の角に植えれば、冬の北風をやわらげる生け垣になり、人が入りにくい防犯の垣根にもなります。日陰でもよく育つので、日当たりの悪い北東でも枯れにくい。「鬼門に柊」は、北東の弱点を補う植木として、とても理にかなった選択でした。
南天(なんてん)──「難を転ずる」
南天は「難を転ずる」という語呂合わせから、縁起のよい木とされてきました。お赤飯に南天の葉を添える、厄除けにお正月の飾りに使う、といった習わしも各地に残っています。
実用面では、南天は西日にも日陰にも比較的強く、手入れがほとんどいりません。冬に赤い実をつけるので、庭の彩りが乏しい季節に目を楽しませてくれます。また、南天の実や葉は古くから咳止めなどの民間薬として使われてきました(今も「南天のど飴」があるのはそのためです)。裏鬼門=家の南西は、かつて台所や勝手口が置かれることの多かった場所です。手の届くところに薬になる木があるのは、暮らしの実用でもあったわけです。
| 柊(鬼門・北東) | 南天(裏鬼門・南西) | |
|---|---|---|
| 言い伝え | トゲで鬼を追い払う | 「難を転ずる」 |
| 育つ環境 | 日陰・寒さに強い常緑樹 | 西日・日陰に比較的強く手間いらず |
| 暮らしの中の役割 | 北風よけ・防犯の生け垣 | 冬の彩り・民間薬・赤飯の飾り |
縁起担ぎが「心の安心」をつくる
もう一つ、私たちが大切だと思っている視点があります。それは、縁起担ぎそのものが、住む人の心を落ち着かせる働きを持っているということです。
海外の心理学の実験でも、お守りを持つことや決まった儀式を行うことで、人は不安が和らぎ、落ち着いて物事に取り組めるようになる、と報告されています。効果があるかどうかを科学で証明できなくても、「やるべきことはやった」と思えることが、安心感につながるのです。
新しい家に住み始めるとき、人は少なからず不安を抱えています。「この家で家族は健康に暮らせるだろうか」。そんなとき、庭の隅の柊と南天が「ちゃんと守っている」というしるしになるなら、それは家の性能とは別の意味で、住む人の心を支える要素だと言えるのではないでしょうか。
現代の家づくりで、どう活かすか
ここまで読んで、「では自分の家にも植えるべきか」と思われたかもしれません。私たちの答えは、「どちらでもよい」です。
現代の家は断熱も換気も進み、北東に水回りを置いても、昔のように湿気で困ることはほとんどありません。実際、敷地の形や道路の向きによっては、北東に玄関を置くのがいちばん合理的なこともあります。言い伝えを守るために暮らしにくい間取りにするのは、本末転倒です。
一方で、ご年配のご家族が気にされている、ご自身がどうしても気になる、という場合には、それを無視する必要もありません。柊と南天は、どちらも手のかからない、美しい木です。「気になるなら植えておく」「気にならないなら植えない」。それくらいの付き合い方でよいと思っています。
大切なのは、「なぜそう言われてきたのか」を知ったうえで選ぶことです。知らずに怖がるのでも、知らずに笑うのでもなく、知ったうえで自分たちの暮らしに合う形を選ぶ。私たちは、家づくりのあらゆる場面で、この姿勢を大切にしています。
長野住環境企画の考え方
私たちは佐久市で、古い民家の再生から新築まで、幅広く手がけてきました。古い家を解体すると、棟木に書かれた上棟の記録や、隅に埋められた鎮め物に出会うことがあります。そこには、家を建てた人たちの「家族が健やかに暮らせますように」という願いが、はっきりと残っています。
言い伝えや風習は、その願いが形になったものです。私たちは、そうした願いを笑わずに受け止めたうえで、現代の技術と知識で、住む人の心と体の健康を守る家を考えていきたいと思っています。社内には建築の有資格者が在籍しています。間取りや外構の相談のなかで、こうした言い伝えのことも、遠慮なくお話しください。
よくあるご質問
Q. 鬼門に玄関や水回りがあると、本当によくないのですか?
A. 現代の家は断熱・換気の性能が上がっているため、方角そのものが健康に影響することは考えにくいと言われています。気になる場合は、間取りを無理に変えるより、柊を植える、清潔に保つといった付き合い方で十分だと私たちは考えています。
Q. 柊と南天は、どのくらいの大きさになりますか?
A. 柊は放っておくと3〜5mほどになりますが、生け垣として1〜2mに刈り込んで育てるのが一般的です。南天は1〜2m程度で、手入れはほとんどいりません。どちらも佐久の気候で育ちます。
Q. 敷地が狭くて、北東や南西の角に植えるスペースがありません。
A. 鉢植えでも構いません。言い伝えは「そこに植えなければならない」というものではなく、気持ちの区切りとして取り入れる方も多いです。柊は小さな鉢でも育ちます。
Q. 地鎮祭や上棟式も、やったほうがいいですか?
A. 「やる・やらない」に正解はありません。意味を知ったうえで、ご家族にとって大切だと感じるならやる、それで十分です。私たちはどちらの場合もお手伝いします。
ご相談のご案内
長野住環境企画では、間取りや外構のご相談を承っています。「昔から言われていることが気になる」「親が方角を気にしている」といったお話も、家づくりの大切な要素として一緒に考えます。営業目的の相談会ではありませんので、安心してご参加ください。
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参考文献
本記事でふれた「お守りや儀式と安心感」については、以下の研究を参考にしています。
- Damisch, L., Stoberock, B., & Mussweiler, T. (2010). Keep your fingers crossed! How superstition improves performance. Psychological Science, 21(7), 1014–1020.
- Brooks, A. W., Schroeder, J., Risen, J. L., Gino, F., Galinsky, A. D., Norton, M. I., & Frank, M. G. (2016). Don’t stop believing: Rituals improve performance by decreasing anxiety. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 137, 71–85.
※ 方位や植栽に関する言い伝えは地域や家によって異なります。本記事は一般に語られてきた内容をもとにしており、効果を保証するものではありません。
「住まいの伝統と風習」シリーズ
本記事は、家づくりに受け継がれてきた言い伝えや風習と、そこに隠れた暮らしの知恵をご紹介するシリーズの第1回です。今後、大工道具の吉凶、地鎮祭・上棟式の今昔などを順にお届けする予定です。